<< magazine top >>








腐れ縁のまち


「腐れ縁」という言葉はあまり良い意味では使わないようだ。けれども「くされえん」とは「鎖縁」から来ているという説もあるらしいから、ここはひとつ、そちらの意味合いでとっていただこう。つまり、切っても切れない不思議な縁、ということだ。


自分にとって「腐れ縁のまち」と呼べるところが世界各地に点在する。例えば、パリ郊外のヴィルジュイフ、スペインのトレモリノス、ニューヨークのスタッテンアイランド、セネガル・ダカール郊外のパーセルユニット4。大きな町ではないし有名な観光地でもない。それでも長く滞在することになったりすると顔見知りも出来てくる。やがて、2度3度訪れるようになる。それが僕にとっての「腐れ縁のまち」だ。

ベトナム北部の小さな町、ニンビンもそのひとつ。厳密にはニンビンは「観光地」といえなくもない。中国の桂林のような奇岩が並ぶタムコックに隣接するからだ。自転車で10分も走れば、田園風景の中に大地から突き出た不思議な岩が現れる。ちょうど日本の「水郷めぐり」のように小舟に乗って水田の中を周ることも出来た。
しかし、それだけなら半日あれば十分だろう。ハノイから日帰り圏内であることとホーチミンまで続く国道1号線の通過点であることから、訪れてもここに長居をする旅行者は少ない。ましてや、春先のベトナム北部は肌寒く、曇りや雨の日が多いから、奇岩を見終わった観光客たちは逃げるようにニンビンを離れていった。おそらく、多くの旅行者がベトナムに求めるものは、どんよりと曇った空と冷たい雨ではないはずだ。

僕はいわば惰性でこの町に長く滞在してしまった。滞在して気づいたことは、この町が奇岩地帯を観光の目玉にする一方で、その岩をダイナマイト削っていることだ。どうやらここの地場産業は「レンガ」らしい。削った岩はトラックに乗せられレンガ屋の露天窯に運ばれる。労働者たちが運ばれてきた泥を捏ね、型に入れて大きな窯で焼いている。そのせいか街はすごく埃っぽくて雨がふると道路は泥だらけになる。そして、辺りにはレンガを焼く煙がいつも漂っている。レンガを運ぶ人の掌は真っ黒、街と同じように泥にまみれていた。


曇り空と肌寒い霧雨の日が続くとさすがに憂鬱になる。しかし、そんな陰気な町もひとりふたりと顔見知りが増えてくるにつれ心地良い場所になるから不思議だ。そして翌年、再びニンビンを訪れる。皆、僕のことをよく憶えていてくれる。こうして、またひとつ僕にとっての「腐れ縁のまち」ができあがる。


2006年4月記



今日の一枚
” レンガを運ぶ人の手 ” ベトナム・ニンビン 2004年


 見せて!  クリスティーネとベトナムを撮る




fumikatz osada photographie