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マジョルカの春


「ああ、もったいない、ダンナ。今夜は有名なバレンシアの火祭りですぞ」と空港に向かうタクシーの運転手に言われて、ちょっと後悔した。でもいいのだ、僕はこれから地中海の島「マジョルカ」に向かうのだ。


マジョルカはバルセロナの沖合いに浮かぶバレアレス諸島の1つだ。綴りによっては、マヨルカもしくはマリョルカとも発音する。でも、だんぜん「マジョルカ」という響きがカッコイイ。「魔女のルカ」みたい(笑)バレアレスでは他にかつてヒッピーたちの島だった「イビサ」が有名だが「音」でやや劣る気がする。
しかし、マジョルカの名前の由来はおそらく単純なものだろう。「Mallorca」はおそらく「メジャー」と同語源で「大島」。ちなみに「マイナー」と同語源の「Menorca(メノルカ)島」すなわち「小島」は、すぐお隣にある。いやいやそんなことはどうでもよい、肝心なのはカッコイイ語感なのだ。

マジョルカ島は、スペイン、カタルーニャ文化圏としてよりも「地中海文化圏」としてくくった方がいいかもしれない。出窓のある地中海様式の家のつくり、そして山がちで切り立った海岸線の風景などは、むしろフランスのコルシカ島などに近いと思う。「ポート・ソレイユ」「ポレンサ」というこれまたスペイン語よりもむしろフランス語っぽい地名を見た時、僕はここが地中海に浮かぶ島なのだと再認識した

歴史を感じさせるパルマの街を小さなトロッコ電車で出発すると、やがて、山間の美しい村々が車窓に現れる。その中のひとつはバルデモサという村で、かつて作曲家ショパンが病気療養のため愛人の女流作家、ジョルジュ・サンドとひと冬を過ごした修道院がある。ショパンの「プレリュード(雨だれ)」と、サンドの「マヨルカの冬」はこの修道院で作られた作品。
なるほど、ショパンは「マジョルカ名物」のひとつのようで、僕は至る所で彼の曲を耳にした。なかでも「ドラク」という鍾乳洞の中で聴いたショパンは特に印象に残っている。おそらく鍾乳石でできた天然のコンサートホールという特殊な環境が僕の記憶をより鮮明なものにしいているのだろう。
島の中央部の山岳地帯を抜けると、トロッコ列車は切り立った崖の連続する島の反対側に出る。もちろんマジョルカには僅かだが砂浜のビーチもある。険しい山岳地帯もあれば、緩やかな丘陵地帯もある。温暖な気候のため、3月には桜や菜の花が咲く。その中を自転車のロードレースのチームがトレーニングに励む。


僕が滞在した春先は、あいにく天候がすぐれず雨が多かった。澄み切った地中海を思い描いて、「キリスト」という名の湾で何日も天候の回復を待った。しかし、残念ながら目の前の荒れた地中海はいつまでも茶色くにごったままだった。

何日くらい待っただろう?ようやく天気が回復したある日「ポレンサ」の浜辺に行ってみた。頭上に広がる青い空、白い砂浜、底の岩肌が見えるほどの澄んだ水。そう、これこそ僕が夢見た地中海なのだ。


2006年3月記



今日の一枚
” ポレンサ ” スペイン・マジョルカ島 1993年


ナンタケット




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