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カリーヴルストとモルシージャ


ブルゴスという街はスペイン北部、マドリードから北上するとバスクに入る手前にある。昔、ブルゴス出身のスペイン人に「ブルゴスに立ち寄るんだったら、モルシージャが名産だからぜひ食べてみて」と勧められた。「モルシージャ?」と尋ねたら彼女は「豚の血とお米の腸詰よ」と教えてくれた。うほっ、なんだかめちゃくちゃグロそう。絶対に食べるまい、と密かに心に誓って僕はブルゴスに向かった。


街に着いたのは夜遅く。内陸のためかものすごく寒い。オマケに小雪が舞ってる。大聖堂で有名な静かな街なんだけど、閑散としてる分余計に寒さが身にしみる。特徴的な出窓のある住宅街を歩き回って宿を探したけど、なかなか見つからない。ようやくオステル(民宿)を見つけて主人に掛け合った。残念ながら満室。
しかし、もう夜も遅いし「なんとか」と頼み込むと。主人は「キッチンでよければ」と言ってくれた。キッチンですよ(笑)宿代は格安だったと思う。「しかし、いったいここにどうやって寝れば良いのだろうか」という戸惑いをよそに、主人はどこからか簡易ベッドを引っ張りだしてきて手馴れた感じでキッチンの真ん中に据え付けた。「冷蔵庫でもオーブンでも好きに使っていいよ」って、まあそりゃあそうですよ。頭のところには冷蔵庫、枕元には七面鳥焼けそうなオーブンだもの。しかし、歴史あるスペインの街、伝統建築の集合住宅の暖房の効いた台所で、調理器具に囲まれて眠るというのはある意味極楽でした。


キッチンを使っても良いとは言われたものの、せっかくブルゴスに来たんだからと夜遅い街に出た。バルを探して入ってみると...ははあ、あれだな。ありましたよタパス(小皿の一品料理)にモルシージャが。注文して出てきたものは僕の想像した「ちょっとグロテスクで珍味的な料理」とは違った。豚の血で蒸した黒っぽいご飯の腸詰が輪切りにされている。それがオリーブオイルでカリッと焼かれている。見た目は太巻きを焼いたような感じである。
で、お味は。あつあつのヤツをほおばる。何コレ、超ヤバイ!(笑)生臭さは全くない。塩気が効いていて、香ばしくて。食感としては、そう、焼きおにぎりですな。かなり手の込んだ焼きおにぎり。ビールに良く合う。レシピのバリエーションとしてはボカディーリョ(スペイン風サンドウィッチ)に挟んだものも美味かったな。
ブルゴスというとあの焼きおにぎりのような腸詰とキッチンに泊まった若き日の思い出が蘇る。モルシージャ、たいへん美味しゅうございました。



なぜ人は冬になると腸詰が食べたくなるのか?そこでもうひとつ、冬のドイツ・ベルリンでの腸詰の思い出を。といってもコチラはごく普通のソーセージなんですが(笑)ベルリン発祥のB級グルメに「カリーヴルスト」というのがある。作り方は、まずフランクフルトソーセージを茹でる。茹であがったものを包丁でサッサッサッと輪切りにする。それを紙皿に載せケチャップをかける。その上にカレー粉を振る。ここがこの料理の肝ですな。大抵、ようかんを食べるときに使うような木製の楊枝が付いてくる。これでチビチビ食べるとウマウマである。珍しい素材なんて一つも使っていない。棒に差したフランクフルトにケチャップとマスタードを付けたものなんて日本中にゴロゴロしている。けれど、カリーヴルツを食べたとたん「ウッヒョ、その手があったか」と意表をつかれる。完全に盲点だったよ。ケチャップとカレー粉がこんなにも合うなんて。


ベルリンっ子は子供から大人までみなカリーヴルストが大好き。屋台でも店頭でも売られている。夜遅くバーガーショップに行くと、モヒカン頭で鋲を打ったブーツ、腰に鎖をぶら下げたオヤジ(若者じゃないですよ)がカリーヴルストと付け合せの山盛りフライドポテトをつついてる。これが僕のベルリンのイメージ。そういえばカリーヴルストってなんだかドイツの映画俳優みたいな名前だ、アーノルド・シュワルツェネッガー、ブルーノ・ガンツ、そしてカリー・ヴルスト(笑)


日本のコンビニが目をつけて、いつかジャンボフランクにケチャップとカレー粉をつけてくる日が来るのではないかと思ってたけど。今のところその気配はない。棒に差したフランクフルトにカレー粉を振っても食べるときにパラパラこぼれてしまうからね。やはり輪切りだ。フランクフルトの茹で加減、ケチャップの選択、とカリーヴルスト作りには熟練の技が必要なのかもしれない。カリーヴルスト、たいへん美味しゅうございました。



2015年11月記



今日の一枚
” 大聖堂のある街 ” スペイン・ブルゴス 1997年




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