僕と長野 その2
長野は海無し県、山とその間に広がる盆地で構成されている。その盆地に当たる部分に善光寺の門前町・長野市が広がっている。今でこそ街の生活も山の生活も大差はないけれど、おそらく、以前は山に住んでいる人たちと街に住んでいる人では暮らしぶりがずいぶん違ったのではないだろうか。昔、父の実家のある山から下りてくると幼い僕の目には長野の街は大都会に見えた。車の量は多いし、デパートや大学や放送局もあった。この長野の持つ田舎と都会の絶妙なバランスがなんだか僕をすごく充実した気分にさせた。そして決まったように善光寺さんをお参りして、蕎麦を食べ、満足顔で急行「妙高号」に乗り込み家路に着いたのであった。新幹線が開通するずっと前のお話。
あれから40年、長野もずいぶん変わった。特に1998年のオリンピック以降は再開発も進んだ。知名度が上がり外国人観光客も増えたそうだ。ははは、でも善光寺が見てきた1400年の歴史に比べたら40年の変化なんて微々たるものでしょう。
久しぶりに善光寺の裏山から街を見下ろして見た。眼下には低い屋根の家々が密集しており、その中にひときわ大きなお寺の本堂の屋根が見える。ぴょこんと突き出した塔は五重塔かと思ったら資料館なのだそうだ。旧市街は子供の頃に思っていたよりずっと小ぢんまりしている。
ちょっとお寺を御参りして行こうか。参道はそれほど混んでいない様子だ。案の定外国からの観光客もチラホラ。自分の病んでいる患部と同じ部分を撫でると治るといわれている、釈迦の弟子「おびんずるさま」の銅像をナデナデ。再び参道を歩く。ん?ポスターが貼ってあるぞ。「平成27年善光寺ご開帳」ほほう、来年はご開帳の年か。善光寺は7年に一度、秘仏のご本尊と同じ姿の前立本尊が公開される。2015年4月と5月、必見ですよ。
善光寺は独自の時計や暦で動いている。1日も、1年も、そして7年も。寺や界隈の住民たちが突如何かの準備を始めるから、観光客は「おやっ?」と驚く。けれども彼らにとっては当たり前のように巡ってくる行事なのだ。
立派な山門をくぐって街へ下って行く。左手に懐かしい感じのアーケード。「権堂」って書いてある。昔ながらの喫茶店、洋品店、そしてゲームセンター。古本屋のベレー帽をかぶったご主人は熱心に何かお客さんに説明している。今となっては珍しい一戸建ての映画館もある。そしてアーケードを行き交う人は・・・まばら。昼下がりの商店街のまったりとした空気が心地よい、善光寺同様に権堂は権堂の時計で動いている、と書くと「こちとら好きでまったりしているワケじゃないんだよ」と怒られちゃうか。日本の地方は疲弊しちゃってるというけれど、長野もまた例外ではないのかな。自然に囲まれていて、文教都市で、必要なものはすべて街に揃っていて実に住みやすそうなんだけどなあ。
しかし、自分は観光客なのだと開き直ってしまえば長野はまさにワンダーランド。前出の善光寺のほかにも見所はたくさんある。郊外に美しく復元された昔の町並み。夏は高原での避暑や登山、冬はスノーボードやスキーができる。冬季オリンピックをやるくらいのウィンタースポーツのメッカだ。温泉もあるし、食べ物も美味しい。昔は行き当たりばったりだった蕎麦屋さんも今はインターネットで入念に下調べができる。
さあ、今度の週末はあなたも長野へ!
2014年9月記
今日の一枚
” 仏に触れる、仏を感じる ” 日本・長野県 2015年
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