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チェルシーキッチン


イギリスといったらパブである。グラス片手に人間ウォッチングをするのは僕の密かな楽しみだった。普段は静かな英国紳士が酒量と共に理性を失っていく姿は、ある程度までは見ていて楽しい。しかし、度を過ぎると洒落にならなくなる。イギリス人に酒を飲ませてはいけない。欧州ではすでに暗黙の了解だ。

さてそれでは「イギリスの料理」といったらあなたは何を想像するだろうか?フィッシュンチップスだろうか、キドニーパイだろうか、それともオックステールのスープだろうか?僕だったら迷わず「カレー」を挙げる。旧英国植民地であるインド、パキスタン系の住民が経営するいわばカレーのファストフード店がロンドンのいたるところにある。カレーは何種類もの中から選べ、ライスかナンを一緒に注文する。もちろんテイクアウトもできる。味は常に「当たり」ではないが大きく外すこともない。少なくとも「牛の臓物パイ」よりもカレーの方が自分の味覚に「近い」気がする(笑)
しかし、「カレー漬け」になりたいのならイギリスではなくインドに行くべきだろう。とはいえ、スーパーのパサパサになったサンドウィッチももう飽きた。というわけで、僕はロンドンの街を腹ペコになりながら歩いていた。そして探していた、色々な料理が安価で食べられる「究極のメシ屋」を。


そのレストランを僕はキングスロードで見つけた。キングスロードはパンクファッション発祥の地。だがレストランはパンクファッションには全く関係ない(笑)店の名は「チェルシーキッチン」。家庭的な喫茶食堂といった感じだ。何よりも値段が手ごろでメニューが日本の洋食屋っぽい。カレーライス、パスタ、サンドウィッチからステーキまで何でもある。「結局は洋食屋か」という声が聞こえてきそうだ。そのとおり、結局は洋食屋だ(笑)普段日本で食べているものが自分の味覚の基準になるのは仕方のないことなのだ。それでも、チェルシーキッチンには日本の洋食屋とは異なった、いわば庶民的なロンドンの雰囲気が漂っていた。

店員は欧州の多国籍軍といった感じ。レジ係のスペイン人はかなりきついアンダルシアなまりがあり、いつも他の従業員たちにからかわれていた。しかし、僕にはそのなまりが妙に懐かしかった。自分も昔マラガにいたことがあると話したら彼はすごく嬉しそうな顔をしていた。
ウエイトレスもフレンドリーだし、暖かい雰囲気の店だから常連客も多い。他の客と意気投合して何度か車でホテルまで送ってもらったりもした。客席は1階と地下でいつも賑わっていたが、空席待ちをするほど混んではいない。この辺も僕の気に入っているところだ。14年前に初めてお邪魔して以来、ロンドンに立ち寄るたびに通う僕の「愛すべき英国のメシ屋」である。


2007年3月記



今日の一枚
”イマジネーション ” イギリス・ロンドン 1992年




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