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買い物袋と闘牛場


スペイン。コスタ・デル・ソルのトレモリノスに住む僕は週に1度、電車に乗ってマラガの街のスーパーに買い出しに行った。当時は近所に小さな八百屋くらいしかなかったからだ。電車は広々としていて、綺麗で、車内にはいつもクラシック音楽が流れていた。さらに付け加えるならば乗客のほとんどは年寄りだった。約20分の小旅行。住宅地の中の小さな駅を通り過ぎると左手に空港が現れ、小さな川を渡ると辺りは次第に街の風景になってゆく。やがて列車はマラガの地下駅に滑り込んでいった。

マラガは古い街だ。ピカソが生まれた街。そしてピカソに捨てられた街。まあ、ピカソの時代はともかくとして、現在はアンダルシアの田舎町などではなく十分大きな街だ。ただし、港町特有の「危なさ」みたいなものは今も漂っている。気候的には「常春」、市庁舎の前はオレンジとパームツリーの並木道になっていて南国ムード満点。ところが、ベンチに目を落とすと真っ昼間から酔っ払いが酒をあおってる。城址にいくとブラブラしている若者が獲物を狙うような目でこちらを見ている。そう、マラガには「オレンジと小便の匂い」が同居していた。


1週間分の食材をどっさり買いこんだ僕は、いつも買い物袋を両手にぶら下げたまま闘牛場に立ち寄った。シーズンオフだから、入り口の扉は無造作に開かれていて簡単に中に入ることができた。観覧席に腰を下ろす。小さな闘牛場しか知らない僕にとってマラガの闘牛場はすごく立派に見えた。光と影のはっきりした場内。スタンドは日陰の席を「ソンブラ」、日向の席を「ソル」と呼ぶ。闘牛は夏に行われるイベントだから「ソンブラ」のほうが快適だ、すなわち値段の高い席ということになる。

スタンドだけでは飽き足らず牡牛を解体する部屋や場内に入って、闘牛士学校の練習まで見せてもらった。買い物帰りの東洋人が傍にいて闘牛士の卵たちもさぞかしやり難かったことだろう。僕はといえば「まさか本当の牛は出てこないだろうな」と、そんなことばかり気になってそわそわ。スーパーの袋を両手に持って逃げ惑う自分の姿はかなり間抜けであろう。


悪く言えば無味乾燥、よく言えば環境が良くスポイルされたトレモリノスで暮らす僕は「ワルっぽい雰囲気」に浸れる週に1度のマラガ行きを実は楽しみにしていたのかもしれない。それから5年後、僕が再びトレモリノスを訪れた時には立派なショッピングモールが出来ていた。もう、マラガの街に食材を買いに行く必要もなくなった。


2006年1月記



今日の一枚
”闘牛場” スペイン・マラガ 1997年


チェルシーキッチン




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