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草原の小さなYHと受付嬢


ナンタケット島のユースホステルは港から3マイル離れていた。
到着すると早速、これから数日間島での足となる自転車を借りる。夕食の食材を買出しして、いざ出発。アンティークな町並みを抜け林の中を走ると、やがて草原の中にYHの小屋が見えてきた。

玄関を入る。受付では、まだ十代という感じの女の子が頬杖をついて本を読んでいた。「えーっと、男子のベッドは『離れ』の方になってます。あなたの仕事は、うーん、何にしようかなぁ」と、ちょっと生意気そうに割り振りのノートを見ながら悩んだ後で、「じゃ、庭掃除お願いします」と言った。アメリカ人ではなさそうだったので「どこから来たの」と訊ねたら「ドイツ」と彼女はそっけなく答えた。

YHの母屋は古い山小屋風だったが、離れは更に古く、廃校になった学校の教室みたいだ。ギシギシいう木の床の上に、パイプの二段ベッドが20台ほど置かれている。がらんとした部屋に、木枠の窓から差し込む午後の日差しが埃をきらきらと舞い躍らせていた。

隣のベッドの高校生は、両親の別荘があるお隣のマーサズヴィンヤード島から遊びに来ていて、あの受付嬢を口説くのだと鼻息を荒くしている。女の子の方に全神経が集中しているせいかなかなか僕の名前を憶えてくれない。さっき自己紹介したばかりなのに何度も「フジ」と呼ばれ、その度に「フミ」だよと訂正した。


それから6年後、メキシコシティからハバナに向かう飛行機の中で隣り合わせたアイルランド人の若者が、つい数日前までナンタケットのYHで働いていたと聞いて意気投合した。世界は意外に狭い。


2005年8月記



今日の一枚
”花と自転車” アメリカ・マサチューセッツ州ナンタケット 1992年




fumikatz osada photographie