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鯨の浜 その5


三日目、早起きをして昨日と同様鯨浜に向かった。いつものように漁師たちが出漁の準備をしている。枕木は昨日とは別の船倉から海へと続いている。男たちが枕木の上の舟を押し始める。舟が入水して最後の一押をすると男の中の一人が必ず陸に残る。「今日こそは仕留めてこいよ」と7人の侍たちを見送る、その瞬間がなんだかカッコイイ。舟は毎日2艘づつだが、浜の船倉には4、50艘が並んでいる。漁期には何艘ぐらい出るのだろうか?


浜に残った部隊がいくつかのグループに分かれて何やら作業を始めた。丸太の木皮を削り取っている漁師は新しい枕木を作っているのだろう。その隣では逆三角形の帆の手入れが始まった。船倉の中では別のグループが縄を編んでいる。編んだ縄を束ねて更に太い縄にする。鯨を曳航してくる縄か、それとも銛の柄につけるものか?何れにせよ男が3人がかりで力をこめて編んでいるのだから相当な強度がいるのだろう。
少し離れた船倉には奇妙な形の器具が用意された。焚き木の脇に竹の筒が4本立っている。2人の漁師がその竹筒に交互に棒を挿しピストンさせる。すると、焚き火に風が送られ火力が保たれる。そこに鉄棒がくべられた。鍛冶の「ふいご」だな。やがて鉄が真っ赤に熱せられると。槌が振り下ろされ鉄棒の形を変えてゆく。何を作っているのかたずねたら「銛の先のやじり」だと教えてくれた。
漁師たちの動作は実に面白い。まるでスケジュールが決まっているかのようにてきぱきと自分の仕事に取り掛かる。暗黙の了解ってやつか?それとも前日に作業分担を話合っているのか?


昨日の新集落に行ってみようと岬に登って行く途中で鯨浜を見下ろした。入江の岩場に上って少年たちが捕鯨の練習をしている。竹の銛を持って代わる代わる海に飛び込む。インドネシアの海は浮遊ゴミが大きな問題だが、ラマレラの海はどこまでも透きとおっている。
新集落では例によって住民が給水所に集まっていた。大きなコンクリート製の給水タンクの蛇口をひねると綺麗な水が迸った。そういえば、宿に水道の蛇口ってあったかな?あまり記憶にない。飲み水はテーブルの上に用意されている水差しのものを飲んでいるし、シャワーやトイレはもっぱら大きな樽から柄杓ですくうスタイルだ。ということは、毎日毎日給水所から運んでいるということか。水は大切に使わなくちゃいけないな。


給水所の近くでは10人ほどの男たちが民家の解体工事をやっていた。少なくともシーズンオフは全ての男性が捕鯨に携わっているわけではないようだ。
「よう、どっから来たんだい?日本人か。酒のむかい?」「はい、いただきます」ウィスキーのような強い酒だった。あまり飲みすぎると足場から落ちますよ(笑)
それにしても穏やかな日だ。赤道に近いが一応南半球、ラマレラは秋から冬に向かう乾季だ。そのせいか比較的湿度が低く過ごし易い。朝晩は涼しいくらい。湿度80%のじめじめとした熱帯夜を想像していたが、これは良いほうに外れた。


鯨浜に帰ると子供たちの捕鯨の練習が続いていた。人数も増えて舟まで出している。銛打ちがどういう風に鯨に一撃を加えるのか話だけではイメージしにくい。しかし、未来のラマファたちの練習を見るとよくわかる。的になる浮遊物を浮べて飛び掛るように竹やりを突き刺す。飛んでる姿はカッコイイのだけれど、格好だけでは鯨に簡単に跳ね除けられるだろう。やがて水浴びの子供たちも加わって鯨浜に元気な声が響く。
暫くすると捕鯨舟が鯨浜に帰ってきた。子供たちのはしゃぎ声がさーっと引く。この村では小さな子供でも舟が帰ってくる時間を知っている。いつものように陸上部隊の漁師たちが枕木を敷き出迎える。ああ、今日も坊主でした。男たちの舟を押す足取りが重い。
子供達は再び海へ戻って遊んでいる。と、まもなく2艘目が帰ってくる。「どうせまたオケラなんだろう」と見やると子供たちが舟の周りに集まっているではないか。鯨を引っ張ってきている様子はないけど・・・

おおっ、何やら大物らしいぞ!



2020年8月記


今日の一枚
” 幸運を祈ってるぜ!” インドネシア・レンバタ島・ラマレラ 2018年




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