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ゾーンシステム


中国の砂丘の写真を見ていたら「ゾーンシステム」という言葉を思い出した。
ゾーンシステムは「アメリカの写真の父」アンセル・アダムスが提唱した写真の理論。写真の授業のイロハのロあたりでこれを学んだ記憶がある。


写真とは光と影の芸術である。いくら高感度のカメラができても暗闇はいつまでたっても黒つぶれだし、眩いばかりの光の中はいつまでたっても白飛びだ。これは宇宙の法則がひっくり返らない限り変わらない。写真はこの黒つぶれから白飛びの間の明暗をフィルムやセンサーに記録するもの。アンセル・アダムスはこの黒と白の間の明暗を0からX(10)までの11段階に分けた。真ん中はV(5)、中間調(ニュートラルグレー)と呼ばれる光の反射率18%の濃さのグレーである。アダムスは風景写真を大判のシートフィルムで撮影する前にこの11のゾーンを意識して風景を観察した。例えば白い雲や日向の雪はゾーンIX(9)、日の当たる木々や岩肌はゾーンVII(7)、晴れた日の北の空や日に焼けた人肌は真ん中のゾーンV(5)、影や黒っぽい土はゾーンIII(3)、質感のわかるギリギリの濃さの黒灰色がゾーンI(1)という風に。そして黒ベタ直前のIから白飛び直前のIXの間にできるかぎり多くの情報が収まるように露出(シャッタースピードと絞り)を決定した。こうして彼はヨセミテ渓谷や、ニューメキシコの風景などアメリカの自然を息をのむような美しいプリントに仕上げている。アダムスが「アメリカの写真の父」と呼ばれる所以である。


ゾーンシステムをデジタル時代にそぐわない白黒フィルム時代の話、古臭い難解な写真論で片付けてしまうのは大きな間違いだ。最初に言ったでしょ、いつの時代も光と影がなければ写真は成り立たないと。それどころか、この理論を基本に写真が撮れるようになればあなたの写真表現は大きくステップアップする。(ちなみにカラーでは濃淡をそのまま色の輝度に当てはめてください)
黒つぶれ直前のゾーン1から白飛び直前のゾーン9までを「ダイナミックレンジ」と呼ぶ。記録できる明暗の幅だ。残念ながらこれはカメラの性能などによって左右されてしまう。そこでちょっと視点を変えてゾーン5(中間調)について考えてみる。
まず、シャッタースピードと絞りをマニュアル設定でき、画面の中心一点のみの露出をはかるスポット測光が設定可能で、メーターの表示されるデジカメを用意して欲しい。スマホでもコンパクトデジカメでも一眼でも機能がついていればOK。ISO感度は固定してください。壮大なアンセルアダムズの風景写真ではなく、僕らが普段撮るスナップやポートレイトに当てはめて話を進めよう。カメラに表示されるメーターは中心の大目盛が+-0、右(上)に行くと明るい方向に大目盛2段分、左(下)に行くと暗い方向に大目盛2段分というのが一般的。ゾーンシステムの1から9までをぎゅっと5つの目盛に凝縮したと考えてよい。目盛の外側は白飛び黒つぶれの可能性がある範囲。真ん中の目盛は中間調だ。


あなたが被写体を狙ってファインダーやモニターの真ん中近辺で露出を測り(カメラを向けると勝手にメーターが振れます)、メーターが真ん中を指したシャッタースピードと絞りの組み合わせでシャッターを切ると被写体は中間調で撮れる。黄色人種の肌はこの中間調に近い濃さなので、僕の顔写真を「メーター真ん中読み」で撮ればほぼ見た目通りのトーンで撮れるというわけだ。
ところが、ここからがややこしいけど重要です(笑)人間の目には白人、黄色人種、黒人の肌は濃さが全然違って見えるが、が、が、先のメーター読みで真ん中を撮影すると全て同じ濃さ、中間調になるんです。つまり、白人の肌は実際より暗く、黒人の肌は実際より明るく写る。これを逆に利用すると黒人の肌を見た目どおりの濃さに撮りたいならばメーターが-1(濃いグレー)になるよう露出を決定すればよい。現実世界では中間調は1つだけだけど、写真は何でも中間調にできるんですな。
日常のスナップやポートレイトを撮る時はこのようにメインとなる被写体の露出(明るさ)の決定が重要。つまり、ゾーンシステムを真ん中から攻めて行く。そのままカメラを背景に向ければ背景の明るさもメーターで測れる。目盛を読めばどんな感じで背景が写りこむか予測できる。メーター振り切って白飛びや黒つぶれしそう?無視しましょう(笑)ストロボやレフを当てて顔を明るくして背景との明暗の差を縮める話はまたの機会に。


以上のようなことをカメラのオートモードはすべて自動でやっている。コンピューターが勝手に適正露出(シャッタースピードや絞り)を考えてくる。ところが、どこに主体をおいてどんなトーンで撮るかという個人の意志に100%合致した答えなんて一生出てこない。考えてみたら僕はこの絞り優先オートとかシャッター速度優先オートとかの類をここ30年くらい使っていない。すべてマニュアルモードである。シャッタースピードに・・・絞りに・・・時間かかりすぎだろって?いや、慣れれば1秒です(笑)
写真の面白さはむしろこの創造の作業にあるのだと僕は思う。暗く撮ってみたり、明るく撮ってみたり、仕上がりの絵を想像したり。プロフェッショナルはゾーンを意識している。これを理解してなきゃ商売にならない。それでもフィルム時代には思い通りに撮れているか現像が上がってくるまで伸るか反るかのドキドキものだった。ところがありがとうデジタル時代。撮った後すぐ、いやリアルタイムでさえ確認できる。ここでNGだった時はマニュアルの方が断然修正が早い。


今回の砂丘の写真は白黒のフィルムで撮ったもの。シャッターを切るときには既にこの絵が頭にあった。
今まで行き当たりばったりでやっていたものを理論付け、体系付けてみる。これによって技術は一段の高みに至る。だから学問というのは重要なんだね。逆に言うと知識を持たずにカメラの新機能ばかりを語っていたのではいつになってもこの行き当たりばったりから卒業できない。



2016年12月記



今日の一枚
” 砂丘 ” 中国・新疆ウイグル自治区 2006年




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