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車外席の人々


バングラデシュに降り立ち、鉄道駅の混み合う窓口でようやく切符を買った。客たちが指差すままにダッカ行きのホームへと向かう。
跨線橋に上ると大きな望遠レンズをつけた一眼レフの集団が欄干に張り付いている。こ、これはもしかしてバングラデシュの「撮り鉄」?しかしカメラマンたちの顔つきに何となく親近感を覚える。ん?日本人?中国人?それとも韓国人?ふいに、近くにいたバングラデシュ人らしき男が腕時計を見ながら「30秒前!」と英語で叫ぶ。その瞬間カメラの集団のレンズが一斉に線路の方を向いた。一体何が来るのか見極めたかったが、僕は自分が乗る列車のホームへと急いだ。
ホームに下りると同時に列車が滑り込んできた。「バングラデシュの列車は機関車のボンネットにも屋根にも、無賃乗車の客を満載している」とガイドブックに書かれていた。しかし、実際に見るその光景はかなり衝撃的。客車に乗るときにふと橋の上を眺めると、先ほどの望遠レンズの砲列がこっちを向いていた。なんだ、自分の乗る列車を撮っていたのか。
気になったのでホテルに着いてからネットで調べてみた。「バングラデシュ撮影旅行4泊5日」「写真で撮るバングラデシュ」日本の旅行会社のサイトだけでも出てくる出てくる。バングラデシュってそんなにフォトジェニクな国なの?自分のことは棚にあげそんなことを考える。しかし、列車の接近を秒単位で教えてくれるなんて、なんというきめ細かいサービス!6時間も列車が遅れる国とは思えない。短い日程でバングラデシュのハイライトを写真に収めるとなると、ああいったツアーは有効なんだろうなあ。納得。


旅を通して僕はこのバングラデシュの列車に何度もお世話になることになった。(長引くストライキでそれ以外に移動手段がなかったのだ)前述のように屋根乗り、車体貼りつき乗車がいわば「名物」のバングラデシュの列車事情なのだが、意外だったのは車内がすし詰め状態ではなかったということ。「インドの列車」に比べれば遥かに空いている。それではなぜ、みんな機関車に貼り付いたり屋根によじ登るのかというとおそらく、タダだからである。でも、そんな乗車が公然と許されているのだろうか?屋根に関してはおそらく禁止されているのだと思う。事実、政治的デモやストライキが多発していた時だったからか「屋根組」は警官に注意されていた。従って普段より遥かに「盛り」が少ないようだ。それでもバングラデシュの人々は列車の屋根に上る。屋根の上で寂しそうに膝を抱えて体育座りをしている。一方、先頭の機関車はどうかといえば、ご丁寧に手すりまでついているではないか。ここに乗る人をだれも咎めない。もちろん運転手も。もしかして公認の「ラッキーゾーン」?(笑)


いくらなんでも車内の人たちはみな正規の運賃を払っていると思っていたが、なんとなく様子がおかしい。車掌らしき人物が検札にまわってきても切符を出さない人がいる。しばらく何事か話し合い最後は「しょうがないなあ」って感じで車掌が苦笑いしておしまい。えっ、おしまい?(笑)
ある乗客が僕に言った「ん?切符買ってんの?」「え?みんな買ってないんですか?大丈夫なんですか?」小声で僕。するとニヤリと笑いながら「下車駅の改札口で警察が切符チェックしてる時もあるけどね」「見つかったら罰金高いんじゃないんですか?」「ああ、でもちょっと袖の下つかませれば、すんなり通してくれるよ」「袖の下の方が運賃より高くつくなんてことはない?」するとその乗客は「そんなバカなことがあるわけないだろう」という顔で首を振った。となると、あの切符販売窓口の長蛇の列は一体何?(笑)もう、この国のシステムが全くわからなくなった。けれども、一度くらいはあの「車外席」というやつを体験してみたかったな。もちろん運賃はきちんと払いますから... あいにくひどい風邪をひきほぼ全行程をフラフラで過ごしたので願いはかなわなかった。残念。


「極めて柔軟な屋根の上の乗客を、秒単位で動く観光客が望遠レンズで狙う」考えてみれば、バングラデシュで最初に見たあの光景ってなかなかシュール。一方、僕はといえば「屋根の上を人が歩いてるなんて尋常じゃないよ」とあれほど思っていたのに、やがてすっかりその光景が日常化。東京に戻った時には「どうして山手線の屋根には人が座っていないんだ?」と不思議に思う自分がおりましたとさ(笑)



2015年3月記



今日の一枚
” 屋根の上の乗客 ” バングラデシュ 2015年




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