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シックス・バイ・セブンティーン


以前は街を歩いていると三脚を立てて写真を撮っている人によく出会ったような気がする。ちょうど画家がイーゼルにキャンバスを据えて風景画を描くように。そして、カメラはパノラマカメラという場合が多かった。6X17cmのフィルムフォーマットだと中判の120フィルム1本で撮れる枚数はわずかに3枚。

僕は写真の余白が好きだ。だから6X17はいつも憧れだった。しかし、ついに手に入れることなくデジタルの時代になってしまった。「普通のカメラで撮って、あとでパノラマ風にトリミングすればいい」という人もいる。けれども、トリミングを前提に構図を決められるほど自分は器用でない。僕の場合、構図はファインダーの中でのみ決まる。

以前、ここで昔の香港映画の話をした。 そう、あの縦長に伸ばされて緊張感を増した画面のことだ(笑)かつてテレビは4:3の画面だった。しかし、世はハイビジョンの時代になりモニターの縦横比は16:9になった。おそらくこの比率が人間の視野にもっとも近いのだろう。

それでは、17:6になるとどうかというと、細く開いた横長のスリットからリアルな世界をそっと観察しているような、そんな絵になる。自分がその世界に溶け込むような感じではなくて、あくまでも客観的に、こちら側から現実の世界をのぞき見ている。


最近、6x17で撮影する人を実に久しぶりに見かけた。場所はヨルダンのペトラ遺跡。ペトラは紀元前1世紀以降、広大な範囲の大渓谷の岩肌に刻み込まれていったローマ風建造物群である。解りにくい人は映画「インディー・ジョーンズ~最後の聖戦」を思い出して欲しい。あのロケ地がペトラだ。その入り口から山道を歩くこと5km、そのドン詰まりにアル・ディルという僧院の遺跡がある。かなり遅い時間に入場したせいで僕がそこにたどり着いた時、既に太陽は大きく西に傾いていた。観光客もまばらで、僧院の入り口ではベドゥインのガイドが美しい音色の弦楽器を奏でていた。

アル・ディルの傍らには僧院や周りの山並みを一望できる見晴台があって、青年はそこに三脚を据えていた。一目見て6x17だと解ったので、早速、外付けのファインダスコープを覗かせてもらった。横長のフレームの中に魅力的な僧院とその周囲の岩山がきっちりと収まっていた。ただひとつ注文があるとすれば天気だろう。先ほどまでの太陽が今は雲の中に隠れてしまった。もう日没までにそれほど時間がない。

「いい時間だよね」「うん、いい時間。でも、太陽が・・・」「なに、諦めることはないさ。Take care. Good luck!」写真を撮るもの同士はおそらくこれだけで理解し合えるんじゃないだろうか。彼に別れを告げて僕は見晴台から少しだけ下った。その時、雲が切れて一日の最後の太陽がオレンジ色の光であたりを照らした。

上から先ほどの青年の声が聞こえる。「おお、来た。これだ」僕も応える「ああ、最高の瞬間だね」おそらく彼は慎重にフィルムを巻き上げ、一枚一枚確かめるように劇的瞬間を収めたことだろう。もちろん僕も同じ瞬間を写真に撮った。その会話のあとには静寂が流れ、夕日に染まった風景の中で吹きぬける風とガイドの鳴らす楽器の音だけが鳴り響いていた。

2011年12月記



今日の一枚
” ペトラの僧院 ” ヨルダン・ペトラ 2010年




fumikatz osada photographie