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ダバダバダ


「男と女」という古いフランス映画を僕が観たのはまだ最近のことだ。クロード・ルルーシュ監督、ジャン・ルイ・トランティニャンとアヌーク・エーメ主演のラブストーリー。「ダバダバダ、ラララ、ダバダバダ・・・」というテーマ音楽のあの映画だ。この作品の舞台、「なんとなくフランスのドーヴィルという街に似ているな」と思ったらやはりそうだった。


ドーヴィルへは一度行ったことがある。パリのモンパルナス駅から列車で1時間半、大西洋に面した閑静な街だ。確かお隣のトルヴィルとの双子町だった。浜辺にはビーチハウスが並びボードウォークが続いている、小さな漁港、そしてフランスの保養地にはお決まりのカジノが数軒。驚くのは「男と女」に出てくる風景と現在のドーヴィルがほとんど変わっていないことだ。もっとも、あまりに風景が激変していたら映画の舞台がドーヴィルだということに僕は気づかなかったに違いない。

このあたり、すなわちノルマンディーの海岸線の特徴は潮の干満の差が非常に激しいことだ。時刻によって海岸線の風景は激変する。干潮時には広大な砂洲が現れ、波打ち際ははるか彼方に引き戻される。こういった地形は戦略的にも有利と考えると第二次世界大戦の「ノルマンディー上陸作戦」はやはりノルマンディーでなければならなかったのだろう。

ドーヴィルから僅かに北へ行ったオンフルールもまたそんな海岸線が続く。さらに、この街を特徴付けるのはパリを流れるあのセーヌ河の河口があるということだ。物資を運んできた船がセーヌ河を内陸まで遡って行くらしく、河の交通量はかなり多い。そのままにしておくと堆積する砂のため河口が狭くなってしまうので、河を守る堤防が遥か沖合いまで延びて水路を確保している。堤防は干潮時には延々と続く姿を現していたが、満潮時には沖合いから押し寄せる潮によって瞬く間に水没した。宇宙の力を思い知らされる瞬間だ。

対岸はル・アーヴルという大きな町で、夜になるとコンビナートの炎が赤々と燃え上がる。その風景にどこか中東の油田地帯にいるような錯覚にとらわれる。実はここオンフルールもロケ地としてはかなりポピュラーなようで、その後いくつかのフランス映画で僕は「オンフルールらしき風景」を確認した。


さて、映画「男と女」。アヌーク・エーメは確かにハッとするような美人だが、映画そのものはまるで恋愛映画の教科書のようだ。それでも、’66年のカンヌ映画祭グランプリやアカデミー賞の外国映画賞を獲得したのは、起承転結のハッキリした脚本によるところが大きいのかもしれない。

映画の中で僕の好きなシーンがひとつ。J.L.トランティニャン演じる主人公のレーシングドライバーがモンテカルロラリーからドーヴィルに戻ってくる。ボードウォークに車をとめ、砂浜で子供たちと戯れる彼女に駆け寄ろうとして一瞬ためらう。その代わりに愛車フォード・マスタングのヘッドライトを点滅させる。彼女が彼に気づく。そこであの「ダバダバダのテーマ」が流れる。

この作品、白黒とカラーが混じっているのは実は予算の都合だった、という興味深い話を聞いたことがある。ならばこのシーンはカラーで本当によかった。ブルーグレーの曇天の下で光るマスタングの黄色いライトが妙にカッコよく見え、僕は早速、自分の車のヘッドライトを黄色に換えた。


2007年4月記



今日の一枚
”セーヌを出る貨物船 ” フランス・オンフルール 2001年




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