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飛行機を飛ばしてくれ


クリスマスイブ。ロンドンのピカデリーサーカスにある旅行代理店に飛行機の予約をしに行った。「どちらまで?」「イタリアのパレルモまで」「出発希望日はいつですか?」「○月○日」・・・接客の若い女性はコンピューターのキーを叩く。「○○ポンド。これが最安値です」 ちょっと高かったのでどうしようかと迷っていると彼女はこう続けた。「もし、旅行会社のチャーター便が空いていればもう少し安いのがありますよ。ただし、曜日と現地滞在日数が限られて、空港が『ルートン』になりますけど・・・」「ルートンってどこですか?」「ロンドン郊外です」

値段が提示された。確かに定期便より僅かに安かった。「まだ、予算よりちょっと高いけどどうしようかな」と悩みながら彼女の方をみると、なぜか落ち着かない様子。窓の方を時々チラッと見て必死で笑いをこらえている。気になってそっちを見るとサンタクロース姿の若者が窓ガラスにへばりついていた。どうやらサンタは彼女のボーイフレンドらしい。必死で彼女を笑わせようとしている。彼女はもはや仕事に身が入らない様子。腕時計を指差して「もう少しだから待って」と彼に合図を送る。確かにクリスマスの休暇まであと数分だ。こんなわけで、すっかり気が散ってしまった彼女と僕の間には意思疎通の大きな溝が出来てしまった。結局、僕はその「ルートン発のチャーター便」とやらに決めた。幸運なことに席も空いていた。そして僕は希望日時で予約リクエストを出し、彼女は飛行機が飛ぶ曜日で席をとった。これが悲劇の始まり。つまり、僕が出した日時と彼女が抑えた日時がずれていたのだ。


僕は「自分が出発日だと信じた日」にロンドン市内のホテルをチェックアウトして空港に向かった。ルートンタウンは思いの他遠く、近郊列車で30分以上かかり、さらに空港までは鉄道の駅からバスに乗らねばならなかった。
赤レンガの家々が立ち並ぶイギリスの典型的な住宅地を抜けると、突然、鉄条網が張り巡らされた更地が見えてきた。ゲートからバスが中に入る。まるで軍事基地のようだ。ぐるぐると広い場内を走って、学校の体育館のような殺風景な建物の前で降ろされた。どうやらここが出発ロビーらしい。

チケットを受け取ろうとツアー会社のカウンターを探す。(ガラーン)人っ子一人いない。あれ?不思議に思って係員に尋ねる。「えっ、今日はシチリアに飛ぶチャーター便はないですよ。次は金曜日です」そう言われた。「金曜日・・って今日はまだ水曜日ではないか」と、持っていた旅程表を見る。確かに○月○日金曜日となっている。自分が希望した日付とは違っていた。結局、書類をきちんと確認しなかったのがいけなかった。「日時を確認する」これはおそらく「文明人」としての基本であろう。


ホテルも引き払ってはるばるルートンタウンまで来てしまった。なのに出発は2日後。もう、こうなると何処に怒りをぶつけていいのやら。公衆電話を見つけてピカデリーの代理店に電話をする。名前を名乗ると先日の女性が電話口に出た。「はい、なんでしょうか?」「あのね、今ルートンからかけているんですが・・・」「はあ」「僕は今日の日付でリクエストを出したはずです。完全に今日の出発だと思っていた。なのに、これはどういうことですか?だーれもカウンターにいませんよ」(自分の間違えだと解っているのによくぞここまで強気に攻められるものだ)すると彼女は「いや、私は出発可能な曜日をお伝えしたはずです。それで予約を入れてお客様もOKしました」その後も言った言わないのすったもんだが続き僕は最後にこう言放った「頼むから飛行機を飛ばしてくれ!」(引くに引けなくなってしまうと人間とんでもないことを言うものだ。)「ホテルもチェックアウトしてこうして空港まで来てしまったんだよおおお」「できませんといったらできません・・・プーーー」電話が切れた。そうだ、すべてはあのサンタだサンタが悪いのだ。(やれやれ今度はサンタクロースのせいである・・・)


2006年12月記



今日の一枚
” 自然史博物館 ” イギリス・ロンドン 1993年




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