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ピースボート


サモア・ウポル島の南岸。バンガローの外から聞こえる声で目が覚めた。扉を開けて外に出てみるとウチの前のビーチで東洋人熟年カップルが記念撮影に興じているではないか?
男性の手には総額100万円以上するライカのカメラ、花飾りの付いた麦わら帽子にサマードレス姿のご婦人がポーズを撮っている。
「フォトグラファーの家の庭先で、私のカメラの20倍も値の張る機材で写真撮影をするとはちょっと不謹慎じゃありませんか?」と声を掛けようとしたら、男性がこちらに寄ってきた。ややっ、もしやライカで私たちを撮ってくれなどというのではあるまいな・・・

「中国人?」と声をかけられた。「倒不起。我是日本人(すみません、私は日本人です)」僕の中国語はこの辺まで(笑)すると男性はそれを見越してか、首からぶら下げたIDカードを見せながら僕に近づいてくる。「ピースボート、ピースボート」彼が繰り返す。 「ん?」と僕はIDカードを覗き込んだ。「PEACE BOAT」ほんとだ。日本のクルーズ船「ピースボート」じゃないか。カタコトの会話によれば、彼らはピースボートの乗客でサモアに寄航しているらしい。


その日の昼、僕が首都アピアに戻ると町はいつに無く活気に満ちていた。「ピースボートの人?」とあちこちから声が掛かる。売り子たちもハイテンションだ。「いえ、ピースボートの人ではありません」と答えると踵を返して去ってゆく。 港を見やると白亜の船体が熱帯の太陽に輝いていた。
日本人の乗客とも話す機会があった。今回のクルーズは南半球一周。横浜を出港して中国のアモイ、シンガポール、マダガスカル、喜望峰を周ってブラジルのリオ、アルゼンチンのパタゴニア、イースター島などを3ヶ月かけて周り、ここアピアが最後の寄港地とのこと。停泊期間は僅か1日だそうだ。自分がやっとの思いで訪れたサモアが1日に端折られちゃってなんだか複雑な気分。もちろん降りて観光するかどうかは自由。少なくとも船内に居れば食事は保証される。


僕らの世代にとってピースボートといえば、若者たちが船に乗って世界をめぐるというイメージがある。世界一周クルーズのために一生懸命バイトでお金を貯めて。街の商店をまわってピースボートのポスターを貼るといくら、という資金調達のアシストまでしてくれる若者フレンドリーな企画だった。
現在のツアー代金を調べてみると・・・ツインルームだとやはり一人200万円近いのね。ご察しの通り、僕が見かけた乗客は日本や中国のお金と時間に余裕のありそうな熟年だったな。もちろん、がらりと客層が変わった今のクルーズを批判するつもりは全くないです。
ところで金融庁が試算した「老後2000万円」にはこういうクルーズ代は含まれて・・・いないですよねぇ?乗ったらたちまち400万円のショートということでよろしかったでしょうか?



2019年8月記


今日の一枚
” 停泊中のピースボート ” サモア・アピア 2019年




fumikatz osada photographie