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お茶を飲んで行ってくださいな


チャイハネとは「喫茶店」のことだと思っていた。例えばイランがそうだった。客たちはお金を払って茶を飲み、水煙草を吸い、語らっていた。ペルシャ語でチャイは「お茶」、ホーネは「店」だと記憶しているけど・・・
しかしその「チャイハネ」、ウズベキスタンではもう少し広義に使われているのかも。


サマルカンドの路地裏を散策していると学校風の施設の前に出た。門の中には庭があり、その奥に平屋建ての小さな家が見える。僕が門から覗き込むと家の窓から外を見ている男性と偶然目が合った。途端、彼の顔は笑顔に変わった。「これ、学校ですか?」「チャイハネだよ。さあ、入ってお茶を飲んで行ってくださいな」男は両手を広げ僕を招き入れてくれた。家の中にはテーブルと椅子が並べられ、その周りの一段高いところに絨毯が敷かれたスペースがある。日本ならさしずめ畳の座敷といったところ。立てひざをした男がひとりで茶を啜っている。足元にはトランプの束。テーブル席の僕を見下ろして「どっから来たんだ、うわ?」と話しかけて来た。言葉が分からないけれど人柄がにじみ出てる。 ほら、いるでしょ?ぶっきらぼうな田舎のおじさん。


近所の男たちが次々と現れてチャイハネの窓からこちらを覗き込む。僕を招き入れてくれた男性となにやら話した後、茶を飲んでいる僕に微笑みかけた。
隣のテーブルでは、別の男が大きな模造紙に定規で線を引いている。「へへ、週末にビンゴ大会があんだよね。その準備をしてんのさ」十分話の内容は伝わっているのだが、彼は不安になったのか別室に何やら取りに行った。布製の巾着袋を提げて戻ってくると、中から一個引いてみろという。僕が中から引いたのは数字の書かれたピンポン玉だった。「ビンゴ!」わざわざ袋を取りに行ってくれた労をねぎらって、その程度のリアクションはしてあげないといけない。
このチャイハネは特にお金を取るというわけでもなく、店主がいるわけでもない。地域の人々が集い、茶を飲みゲームをする。察するにこれは公民館的なものなのかもな。


世界中いろいろな場所でお茶の席に預かってきた。もちろんウズベキスタンでも。ガレージで整備の行き届いたソ連製の旧車を眺めながら一杯。ブハラで85歳の元気なおばあちゃんと一杯。壁一面に並べられた陶磁器のコレクションに見下ろされて一杯。そして、ムスリムの午餐に加えていただいて一杯。言葉のコミュニケーションは片言でも、一緒にお茶を飲めばなんとなく分かり合えたような気になる。お茶にはそのぐらい普遍性があるね。



2018年9月記



今日の一枚
” 絨毯席でのポートレイト ” ウズベキスタン・サマルカンド 2017年




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