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アトランティックシティ その1


週末の夜、そのバスはニューヨークのチャイナタウンの片隅から出発する。チケットは友人が手配してくれた。人気があって何週間も前でないと手に入らないらしい。
バスは既にほぼ満席。チャイナタウン発だが、ほとんどが白人の老人だった。キャナルストリートを西へ、ハドソン川をトンネルでくぐりニュージャージー州に入る。目指すはカジノの街、アトランティックシティ。東海岸のラスベガスだ。森の中のハイウェイをひたすら南下すること2時間。バスは煌くネオンの町に入る。札束を握った乗務員が乗客に現金を配り始めた。そして、僕の掌にも14ドルが・・・


友人が言ったとおりだ。本当にバスに乗っているだけで14ドル貰えた。ちなみに運賃は無料。14ドルはツアー参加者へのカジノ軍資金というわけだ。いったいどういうからくりでビジネスが成り立っているのだろう?まあ、普通に考えればスポンサーはアトランティックシティのカジノホテルで、仲介人と軍資金にかけた以上のお金をカジノに落としていってもらえれば大成功といったところか。けれども、とんでもない金額をカジノに落とす大金持ちはこのツアーバスには乗っていないだろう。カジノの街はそれだけ客集めに苦心しているのか?


老人たちが14ドルを握り締めホテルのカジノに吸い込まれてゆく。そして僕らも・・・
僕はケチだ。しかしさすがに14ドルを貰って遊ばないで帰るわけはない。軍資金14ドルだけきっかり使って帰るしっかり者でもない。多少は身銭を切る。この時点でこの企画ツアーは成功というわけだ。
もういちど言おう。僕はケチだ。よく言えば堅実だ。だからギャンブルにのめり込むことはない。絶対に勝てるわけがないからだ。なぜ勝てないかというと大勝負に出ないからである。ギャンブルを楽しむにはそれなりのお金が必要だ。


その証拠にほら、今夜の僕は小額のスロットとルーレットで早々と小遣いを遣いきり夜更けのボードウォークを散歩してる。NYに居る間3、4回アトランティックシティに出かけた。バスのときもあれば車のときもあった。そして、いつもカジノの方は早々に見切りをつけ、午前3時の海岸線を散歩しているのだ。
いや、本当に海岸線かどうかわからない、なぜかって?僕は夜中のアトランティックシティしか知らないからだ。ただ、ボードウォークをそぞろ歩いていると、微かに波の音が聞こえ、頭上ではカモメが鳴いている。そして頬に当たる風はまさしく潮風だった。僕はたぶんカジノよりもこの時間が好きだったのだ。週末の夜の片道2時間のドライブ。


朝の5時になり乗客たちがバスに戻ってくる。勝って得意げに自慢話をしていた人。負けて言葉数の少なくなった人。そのどちらも徹夜明けの睡魔には勝てず、まもなく静かな寝息を立てていた。僕もやがてウトウトとして気がつくと休日の朝のマンハッタン島が朝日に照らされていた。



2018年5月記



今日の一枚
” チャイナタウン・スケッチ ” アメリカ・ニューヨーク 1992年




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