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ハブルバブル その3


正味12日しかないイランの旅なのだが、ここまでで9日を費やしてしまった。おそらく最後の訪問地になるであろうエスファハンに僕は向かった。正直、この街に大きな期待はしていなかった。なぜならば、ここはイランの代表的な観光地だから。観光地になればなるほど僕が撮るべき人々の顔というのは、なんというか、固いガードの向こう側にいってしまいそうな予感がした。しかし、僕の予想は良い意味で裏切られた。確かに観光都市であったが、妙に落ち着く、暮らしやすそうな町だ。パリに似ている。あくまで僕の感想(笑)共通点はどこかな?歴史的な建造物と芝生の広場?緑豊かな公園のベンチ?街の中心を流れるザヤンデ川にかかる何本もの橋?並木道の続く大通り?それともそぞろ歩きを楽しむ人々の表情かな?ただ、当のザヤンデ川はこの季節、完全に干上がっていてセーヌには程遠い感じ。残念。


それ以上に僕が感銘を受けたのはエスファハンの自由な雰囲気だ。大都市とは常に革新的なものかもしれないが、首都テヘランと比べても、ここは十分新しくで文化の香りがする。これはとりもなおさず暮らしている人々も自由で、洗練されていて、オープンであるということだ。「保守的なイラン」という固定観念を持ってこの街にやってくると面食らうかもしれない。
結局のところ、僕の写真に最も適した場所は、今回の旅ではエスファハンだったというわけだ。ところがこの街で僕に与えられた時間は僅か24時間。ああ、初めに来ておけばよかった。というわけで、まさに後ろ髪引かれる思い、「ケツカッチン」状態で僕はエスファハンを後にしたのだった。


テヘランに戻った僕は、イランを離れる前にもう一度あのチャイハーネを訪ねてみたくなった。最寄のメトロ駅で降り店に向かって歩いていると、駐車してるバイクのサドルにもたれかかった男が「オイ、そのカメラで俺を撮ってくれ」と声をかける。「夜はやめたほうがいい」と何度も忠告されたのに、クセというやつでついつい首からカメラをぶら下げてしまう。しかし、そのおかげでこうして興味深い被写体にも出会えるワケだ。というわけで、僕は男のポートレイトを一枚。うん、なかなか良い。貫禄ある腹、厳つい顔。いいね、今回のイランではなかなかお目にかかれなかったタイプだ。


さて、チャイハーネに着いた。僕の顔を憶えてくれていたらしく、店員が笑顔で迎えてくれた。しかし、前回と違ってその日の店内は客も少なく静かだった。聞けばサッカーの試合が無い日はこんなもんだそうだ。それでも店員は先日とは違った欧州のクラブチームのユニホームを着てせっせとチャイを運び、水煙草の炭を補充していた。
チャイを飲みながらイランを振り返る。12日は短すぎた。これが僕の率直な感想。イランって思ったよりずっと広かった。北欧から来たという夫妻は1ヶ月の旅程だと話していた。東欧からの若者たちはヒッチハイクとキャンプでの旅行、30日のビザが残り僅かで延長申請中。多種多様なイランの風土や町々を味わいつくそうと思ったら最低でも1ヶ月は必要かな。
ふと、正面のテーブルに目を向ける。仕事がひと段落して、ユニフォーム姿の店員が常連客と話し込んでいる。営業スマイルの消えた彼の顔になんとなくイランの日常を見たような気がした。僕はこういう瞬間が好きだ。


三回に分けて書いてきた「ハブルバブル」は写真集と時系列で連動している。文章と写真を見比べてゆくとよりいっそう理解が深まると思う。



2014年2月記



今日の一枚
” 水煙草 ” イラン・テヘラン 2013年




fumikatz osada photographie