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インド、列車の中の旅 その1


ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタッゴトッ、ガタッゴトッ・・・列車がどんどんスピードを上げる。それをホームで見守る僕。ああ、もうこれでお仕舞いだ。
「ここは一等寝台。5倍の運賃を払わないのなら、きちんと券面の二等車に乗りなさい」と車掌に言われ僕は途中駅のホームに降りた。ところが先頭に連結されたわずか3両の二等車のドアには「これがインドの列車」とばかりに人が鈴なりになっている。このまま次の列車を待たなければいけないのか?次の列車のドアにも人がぶら下がっていたらどうしよう?

と、その時自分の前を二等車らしき車両が走りすぎる。しかも、先の先頭車両よりわずかにすいているではないか。
バッグを肩に担いで僕はホームを全速力で走る。開け放たれたドアからインド人の乗客が手をさしのべる。「そらっ、荷物をよこしな」僕は7、8キロはあろうバッグを肩から外して男に差し出す。男はそれをぐいっとひっぱりあげた。残るは自分。ドアの手すりを握ってなんとかステップに足が掛かった。ふう。あと数秒遅かったら列車のスピードに追いつかなかっただろう。デッキに立って僕は男に礼を言った。デッキは他にもたくさんの乗客が立っていて、息を切らした僕と目があうと肩をすくめた。「ところで、これは二等車ですよね?」とたずねると乗客たちはうなずいた。こうして僕はようやく目的の車両にたどり着く。いったい何度こんなことを繰り返せばよいのだろうか?


勝手を知っていれば実はたいしたことはないのかもしれない。しかし、僕はインドの鉄道できちんと目的の車両に乗れたためしがない。最初の試練はデリーからジャイサルメールへ向かう夜行寝台だった。始発駅のデリーで僕は券面に記された「二等寝台の5号車」を探した。ホームにはちいさな電光掲示板がぶら下がっていて「S5(スリーパークラスの5)」と表示された付近の車両に乗った。ベッドの番号を確かめ早々と僕は陣取った。向かいのベッドの乗客と世間話をして写真を一枚撮った。他の国の列車ではなかなか見られない面白い絵だ。

車内が乗客で埋まり始め、列車がゆっくりと動きだす。検札が来て僕は切符を見せる。すると車掌が一言「違うよ」「えっ!」と僕。「ここはS1。S5はずっと後ろだよ。1分以内に移動しなさい」なんだ、その厳しい1分ルールは、と思っていたら、まもなく列車が停止した。この駅で後ろの車両に移れということらしい。同じコンパートメントの乗客が「今だ」という感じで窓を指差す。「ええっ、ま、窓から降りるんですか?」僕は不安な顔で指差された窓に近づいた。すると一同立ち上がり「違うよ、違うよ。早くドアから降りて」だって。ははは、そりゃそうか。いくらインドだからってそんな無茶言うはずはないか(笑)

しかし、通路は既に立錐の余地もない。「降りるの?」「はい、降ります」「おーい、この人降りるってよ」となんとか道をあけてもらう。ようやくドアにたどり着き僕はデッキから飛び降りた。ザッ。ん?敷石(汗)「もしやここは駅ではないの?」僕の隣には三十数両編成という気の遠くなる長さの寝台列車が、眠れる怪物のように夜の闇の中に横たわっていた。


2013年2月記



今日の一枚
” 二等寝台 ” インド 2012年




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