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窓際の席


堅い話が続いたので今回は軽い話を。

飛行機に乗るときは決まって窓際の席をリクエストする。ところが最近、窓際に座れることが少なくなった。乗客の出足が早くなったのか、予め席が決められているのか、とにかくなかなか窓際が取れない。比較的座席に余裕があると、以前は離陸後に席を変えてもらったりしたものだが最近は空席さえない。過当競争の中で航空会社もあまり大きな飛行機を飛ばさなくなったり、減便によってコスト削減に励んでいるということか。空席を出さない努力が払われているわけだ。

僕は子供の頃から「窓際族」だ(笑)旅行に行くときはバスでも電車でも窓の外を見ていないと気がすまない。道中、過程を楽しむタイプなのだ。これとは逆に「途中」には全く興味のない人たちもいる。「行く先で楽しめればいい」というタイプである。そういった人たちと、チェックインカウンターでうまく折り合いを付けられないものかとかなり真面目に考えたりする。


そういうわけで僕はあちらこちらの風景を機窓から眺めてきた。今回はその中から印象的だったものをいくつかを挙げることにしよう。

まずアメリカから。
冬の2月、ミネアポリスのセントポール空港に着陸しようと高度を下げると眼下にミネソタの農場が見えた。雪がやんで畑は一面の銀世界。その中を道路だけが黒々とどこまでもまっすぐに続いている。日の光に農家の屋根がキラキラと輝く。目を凝らすと真っ白な雪原の上に自分の乗った飛行機の小さな影が映っている。豆粒のような飛行機は雪の上をツーッと音もなく動いていた。
ユタ州のグレートソルトレイクも空から見ると大変美しかった。その国内線のアテンダントは非常に気さくでグレートソルトレイク上空で乗客の人生相談に乗っていた(笑)話に割って入って飲みものが欲しいといったら、缶のコーラを2本渡され「今日は沢山積んでるから好きなだけ飲んでもいいのよ。あと3本ぐらい持って行く?」と言われた。そのあと3人でしばらくの間、湖の景色を眺めていた。「綺麗だねぇ」
ちょっとだけ怖い思いをしたのは大雪のニューヨーク・ケネディ空港上空だ。滑走路の除雪作業に手間取って、僕の飛行機は延々と雪雲の中を旋回させられた。航行灯の赤い点滅だけが雲に反射してあとは何も見えない。この厚い雲の中を一体何機の飛行機が飛んでいるのだろう、と思うとなんだか不安になった。聴いていた音楽がまたイケナイ。J.S.バッハのオルガン音楽はムダに恐怖感を煽るばかりであった。

アジアだとどこだろう?そうだ新疆ウイグル自治区のウルムチからカシュガルへ向かう時に横切った天山山脈。タクラマカン砂漠と同じく泥で出来た山脈は幾重にも折り重なって非常に奇妙な造形だ。大陸でしかお目にかかれないダイナミックな風景。
ウルムチもまた印象的だった。着陸のため飛行機が旋回するそのすぐ真下で新疆の石油化学工場の炎が赤々と燃え上がっている。それはまるでSF映画の1シーンのよう。

ヨーロッパはやはりアルプス越えのルートだろうか。イギリスからシチリアに向かう時だ。モンブラン、マッターホルンといったアルプスの高峰をほぼ真横に見ながら飛んだ。その後、地図の通りイタリア北部の平野に出て、やがて夕暮れの地中海にポッカリとコルシカ島が浮かんでいるのが見えた。

アフリカは何といってもサハラだ。セネガルからフランスに向かう飛行機から見た砂漠の風景は今でも忘れられない。モーリタニア北部のアタールの付近は非常に地形の変化に富んでいる。アメリカ西部の岩山に大量の砂が降りかかった状態(笑)といえば解りやすいだろうか。赤い砂に覆われた大地はどこか他の惑星のようで、岩山の周りに広がる砂丘の風紋が一段と幻想的に風景を際立たせていた。パラシュートがあったら飛び降りたいそんな場所だ。


さて、それでは僕が今まで機窓から見た一番感動的な風景はどこか?というとわりと簡単に答えられそうだ。それはメキシコシティーの夜景である。あれは12月だった。真夜中、飛行機が着陸のために旋回すると僕の目の前に宝石箱をひっくり返したような美しい夜景が広がった。メキシコの大都市といえば車のスモッグで有名だが夜中は別らしい。2000mの高地で大気中の水蒸気も少ない。手を伸ばせば光の粒をすくい上げられそう。
盆地状になっているメキシコシティーの灯りは街の中心部から山の中腹の小さな家々まで連続的に広がっていく。まるで光の波が岩場に打ち寄せているようであった。やがて僕を乗せた飛行機はその光の海の中にゆっくりと降下していった。

ざっと思い出しただけでもこのくらい挙がる。もし、僕がことごとく真ん中の席に当たっていたら・・・おそらく今回の話はなかったであろう。

2009年12月記



今日の一枚
”機窓からの眺め ” 中国・新疆ウイグル自治区・天山山脈 2006年




fumikatz osada photographie