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ムンクの「叫び」


フランスのノルマンディーで写真を撮っている間中、僕はE・ムンクの「叫び」という絵画のことを考えていた。言わずと知れた名画である。ムンクの手記には「夕闇迫るオスロ。友人と歩いていた作者が血のような真っ赤な夕焼けに染まる街を見る。突如、言いようのない『不安』と『恐怖』に駆られ叫んだ」と書かれている。おそらく、荒涼とした自然の中を歩いている時に僕は画家と同じような気持ちになったのだ。「叫ぶ」という発火点には至らないものの、人は誰しもそういった不安や恐怖を感じることがあるのではないだろうか。


ノルマンディーを歩いているときに感じた「言いようのない不安」を僕らしく写真で表現するにはどうしたらよいか、というのが「神について」という作品の主題だった。「厳しい自然」を題材に自分の心の中にある「不安」を表現して、人間の力を超えた宇宙の摂理としての「神」というものに結び付けようと思った。僕がこの作品で表現したかったのは「神様」の方ではなく、あくまでも「自分の内なる叫び」の方だ。しかし、僕にとってそれが身の丈以上の試みだったと痛感したのは作品作りももう終わりに近づいてからのことだ。


前述のようにムンクの「叫び」は手記によってその説得力を増す。おそらく僕が最初に「叫び」を見たときの感想は「今まで観た絵画にはない『奇異な感じ』とか『不気味さ』とか『暗さ』」というものだったに違いない。しかし、手記を読んでからもう一度彼の作品を観ると絵の意味が良くわかる。それでは、「神について」は写真と付随する文章をもって僕の「内なる叫び」を表現できただろうか?残念ながら作品に対する周りの反応は恐ろしく弱かった(笑)


技術的に未熟だったということは重々承知だが、今一度それを皆さんに問うてみたい気がする。あの時感じた「不安」や「恐怖」というのは今も僕の心のごく浅いところにある。だから「神について」を観るのは自分にとってかなりの重荷だ。それでも勇気を持って作品(=自分)と対峙してみると現在でも共感できる部分が多いことに気がつく。


2007年2月記



今日の一枚
”モンサンミッシェル ” フランス・モンサンミッシェル 2000年




fumikatz osada photographie