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バルサを爆撃しろ!


「・・ボンバ・・」なにやら外が騒がしい。部屋の窓を開けると青いマフラー、そして青と白のユニフォームを着たサポーターたちがサン・セバスチャンの旧市街を練り歩いている。「ボンバルディエ バルサ!ボンバルディエ バルサ!」バルサを爆撃しろ。そうだ、今夜は地元のサッカークラブ「レアルソシエダ」がリーグ首位を走る「FCバルセロナ」と対戦するのだ。僕も数日前チケットを買いに行ったが人気カードとあって手に入れることはできなかった。石畳の上をシュプレヒコールの集団がアノエタ・スタジアムの方向へ消えて行く。よし、今晩は近所のオヤジたちとバルでTV観戦といこう。


サッカースペインリーグの試合を今までに2度、僕は観たことがある。なぜか2度ともバスク。サンセバスチャンのレアルソシエダ、そして、ビルバオのアスレチックビルバオの試合だった。この2つのクラブ、同じバスクのチームだがクラブの方針はそれぞれの街の気質を象徴していて面白い。
R・ソシエダはチーム強化のためにはスペイン人も外国人も積極的に使う、スペイン北部の国際的な保養地サン・セバスチャンらしいオープンな考え方。一方、ビルバオはバスクの象徴のような街。それを反映してかA・ビルバオはバスク人選手だけでチームを構成し、長らくスペインの1部リーグに留まってきた。
そういえば、ビルバオの人は僕にこんなことを言った「ドノスティア(Sセバスチャン)の人間は商売第一なのさ」
どうやら2つの街には対抗意識があるらしい。しかし、それより強く彼らを団結させる力がある。それはバスク人としてのアイデンティティだ。彼らが本当の意味で対抗意識に燃やすとすれば、それは”スペイン”に対するものかもしれない。


スペインではサッカーは「娯楽の王様」だ。娯楽だと解っているからスペインのサポーターはサッカーに命をかけていない。そこがいい(笑)日曜の夜の試合に一喜一憂しても、それを月曜の仕事にまで引き摺る人はおそらくいないだろう。再び日曜日の試合が語られるとすれば世間話の導入部分あたりだろうか。つまり、サッカーは人間関係の潤滑油でもあるわけだ。社会に浸透したスペインでのサッカーの地位というのは、なぜか外国人の僕にとっても心地良かった。

あれはビルバオのサン・マメス・スタジアムで試合を見たときのことだ。観客たちは試合直前まで近所のバルで食事をしながら話し込んでいる。試合が始まってからようやくスタジアムに客が入り出す(笑)
冬のバスクは雨が多くて、試合開始からピッチは泥沼のようだ。雨に煙るグラウンドから「ドスンッ」と選手同士がぶつかる鈍い音が響いてくる。審判が相手チームの反則をとれば客はイエローカードを要求し、イエローを出せばさらに厳しいレッドカードを要求する。「タルヘータ(カード)!」と横にならぶ客たちが一斉に手を出すから、ライン際のプレーは全く見えない。1913年に建設された古いスタジアムの短いひさしから雨が吹き込んでくる。そんな中、若い女の子たちはお目当ての選手に黄色い声援をおくり、じいちゃん、ばあちゃんは寒さに凍えながらビルバオを応援する。

また、こんなこともあった。夜遅く電気屋の前を通ると、すっかり灯りの消えたショーウィンドウの中に一台だけスイッチの入った大型テレビがあってサッカーの試合を映し出している。おそらく店のサービスだろう。僕が立ち止まってテレビを見ていると「どっちが勝ってるの?」と通行人たちが次々と話しかけてくる。そして暫く一緒に画面を眺めた後で思い思いのコメントを残して去って行くのだった(笑)


さて、Rソシエダ×FCバルセロナの一戦が始まる。近所のバルへと向かった。店に入るとすでに天井からぶら下がったテレビの前にはオヤジたちの人垣ができている。安いハウスワインを注文する。まもなく試合が始まった。遠巻きに観ているとテレビの前の一人が僕を見つける。「おーい、こっちへ来て見よう。お前のスペースあるよ」と自分の前を指差す。酒とつまみを持って集団の中に入る。日本人の「お客様」と見るや最前列に押し出された。


2007年1月記



今日の一枚
”旧市街 ” スペイン・バスク・サンセバスチャン 1998年


 ウクライナ人は笑わない その2




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