English

アラベジの団地に滞在してもう何日目だろうか?今日は快晴だ。僕はふと先日テラスから見た十字架のことを思い出した。よし、今日はあの正体を確かめに行こう。
柔らかな秋の日差しの中、団地の年寄りたちが孫のお守りをしている。昭和生まれの僕にとって団地はいわば核家族の象徴。祖父母が孫のお守りをする絵とは結びつかないのだが、少なくともアルメニアでは団地に三世代同居は普通の光景だ。 後に詳しく触れるがアルメニアはすごく保守的な国なのだ。

たしか、十字架は団地の裏山だった。地図で調べるとアコリという村がある。今まで訪れた町と同様にそこも河岸段丘上に位置する。
登りはじめてちょっと後悔。めちゃくちゃ急坂じゃないか。と、下からラーダ・ニーバというロシア製の四駆が登ってきた。僕の横に停車して運転手が「村まで?乗せて行くよ」「でへへ、お願いします」
男はニーバのマニュアルミッションをコクコクと操って山道をぐんぐん登って行く。その後、河岸段丘の平地をしばらく走りアコリ村の広場で降ろしてもらった。
「この道をまっすぐ。あの山の頂まで行けば見晴らしがいいよ」しかし、山頂まではまだかなりある。登山に来たわけではないのでこの村を散策するだけで十分です。

山に向かって歩いて行くと墓地があった。花を手向ける家族。年老いた墓掘りがふたり、墓穴を掘っている。近寄ってカメラを向けると「ああ、撮るな撮るな」と酒の匂いをさせながら手を振った。
遠くを見やると隣の河岸段丘の上に別の村が見える。その視界を砕石場のダンプの上げる土埃が遮った。

村の道を墓参帰りの母娘が手を携えて歩いている。昔ながらの木造家屋の屋根にはパラボラではなく針金細工のような地上波用のアンテナが立っている。
車に相乗りで町に買い出しに行く村人。羊を飼う農家では主人が羊を選定中だ。首に縄をつけられた一頭が道へと引っ張り出される。羊は前足を突っ張って懸命に抵抗する。自分がこれからどこにつれて行かれるかわかるのだろう。

このアコリは観光地ではない素朴な田舎の村。むしろこちらがアルメニアの地方の風景の典型なのかも。
老夫婦とすれ違い挨拶を交わす。世間話をしている老婆たちは紛れ込んだよそ者を物珍しげに見ている。日曜日、村の若者たちは目的もなくブラブラしている。
そんな中を人と車の隊列が通り過ぎる。葬列だった。先頭は棺かと思ったが、遺体はそのまま担架に乗せられ男たちによって担がれている。徒歩の参列者、その後ろに車の列が連なる。この葬列の行き先はだいたい想像できた。先程の墓掘りのところだ。


村の端は断崖絶壁になっていた。もちろん下はアラベルジの旧市街。そうだ、僕は銀色に輝く十字架を確かめに来たのだった。僕の部屋から見上げた辺りへと急ぐ。見慣れない客に気づいて近所の少年が自転車で並走する。 真新しい自転車。買ってもらったばかりなのかな?自転車はかっこいいけど断崖からの眺望を楽しませてよ。

おお、すごい。アラベルジ旧市街と工場が一望できるではないか。右手の崖の上には先日訪れた新市街が見える。ふたつの町の位置関係、河岸段丘のなんたるかが一目瞭然だ。 段丘は左右対称ではなく大抵片岸だけだ。もう片岸は普通の斜面になっている。つまり、蛇行する川の内側に堆積物がたまり段丘になるということか。
えーっと、僕の団地は病院と小学校の間だから・・・あ、見つけた。十字架があろう場所に行ってみると・・・なんだ、ただの張りぼてじゃないか。表は銀色の板、裏は木の骨組み。ま、町を見守るという意味合いなのだろう。

先程の少年からの知らせを受けたのか、羊飼いの老人がこちらへやってきた。「中国人?」「いいえ、日本人です」そう尋ねて彼はタバコを差し出した。「すいません、吸いません」僕は何を言ってんだ(笑) それ以上のロシア語やアルメニア語の語彙は僕にはなく、あとはふたり無言でアラベルジの俯瞰を眺めるだけ。鳥の目で見る銅山の町は思ったより小さかった。
「あなたの写真を撮らせてもらえませんか」とお願いすると老人は快くポーズをとってくれた。こちらからお願いしたにもかからわず、彼は僕に礼をいいポケットから2つ小さな果実を取り出した。硬い桃だった。

老人に別れを告げ僕は村の道路に向かって歩き始めた。ふと、彼方を眺めると彼の姿はもう遠に小さくなって羊たちの群れに同化しようとしていた。
道路に出た。僕は走ってきた車に当たり前のように手を上げた。車は当たり前のように僕の前に停車し、当たり前のように僕を乗せてくれた。若いカップルだった。ハンドルを握る彼氏の方が「アラベルジでいいの?」と聞いてきた 「ええ、お願いします」と僕。山坂道を下りきるまで約15分楽しそうな二人のおしゃべりを後部座席で聞いていた。幸せそうな二人の休日デートの車の中で僕は空気になった。


ようやく土地勘もついた旧市街を総集編のように歩く。明日、僕は首都のエレバンに発つ。
川で釣り糸を垂れる人たちは、僕のことなど気にも留めずに釣り糸に集中している。古い団地の前で世間話に興ずる老人は「フォトグラファーかい?いいよわしは撮らんで」顔を手で隠す。別の老人は「撮ってちょうだい。 その代わりちゃんと写真送ってね」と促す。人の反応はいろいろだ、だから面白い。

一週間近く滞在するとそこそこ顔を覚えてもらえるもので、いつも渋い顔でビール飲んでた肉屋のオヤジさんも挨拶してくれるようになった。あれ?もう酔っ払ってるの?
宮崎駿のアニメが好きだと話しかけてきたのは2人組の大学生。トランプにサッカーに自転車にと遊びには事欠かない同じ団地の少年たちは生意気盛りの小学4年生だ。なかなか良い雰囲気のコミュニティだったな。


銅山の町にまた新しい朝がやってきた。十字架に陽があたり、小学校の庭がきれいに掃き清められ、やがて教師たちがやってくる。僕は荷物をまとめマルシュ乗り場へと向かった。広場ではマリアさんがもう野菜の店を広げていた。 「え?今日発つの?エレバン?マルシュの乗り場はわかる?」「わかります。いろいろありがとう。写真送りますね」

これでこの銅山の町での滞在はおしまい。我ながら良い選択。なかなか面白い町だったな。1ヶ月位住んでみるともっと人とのつながりができたかも。それともうひとつ。稼働している銅山と精錬所を見たかった。もう再開されないのかな。ひとつの時代が終わったのかもしれない。