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旅先をアルメニアに決めた後、僕はGoogle Mapの写真を使って自分の好みに合う町を探し始めた。そこで目に留まったのがこの銅山の町アラベルジ。おそらくソ連時代から続く精錬所なのだろう。 しかし、銅山の町がどのようなものか僕には想像もつかない。自分にとって一番身近な銅山といえば栃木県の足尾だが、それとて物心つく頃には廃坑になっていたから。
多分、住民の殆どが銅山で働き、労働者とその家族のための住居と日用品店、学校や病院などが狭いところにひしめいている町なのだ。そう、いつか写真で見た長崎の軍艦島(端島炭鉱)のように。
こうして突き出た煙突から煙を吐き出す精錬所の写真から思い切り想像を膨らませて、僕はアルメニアに向かった。


隣国ジョージアからの乗り合いタクシーは僕を町中で降ろし首都エレバンへと走り去って行った。町に入ってすぐ、車は例の精錬所の前を通った。石造りの工場はすごくソ連チックで僕の期待を裏切らなかった。 ソ連チックとはどんな感じかって?無骨でなんの飾り気もないということだ。
しかし、実際に降り立った町は煙を吐く工場のイメージとは程遠く、自然が豊かで空気も美味しかった。


予約したゲストハウスはこれまたソ連時代に建てられたような団地。最上階に客室、1階にオーナーの自宅がある。地図に従って訪ねると団地の庭で老人達が語らっている。 オーナーは留守で、老人たちの中のお母様らしき人が連絡をとってくれた。

まもなく女主人が車で現れ、僕を客室へと案内してくれる。改修中でセメントの匂いのする階段を5階まで息を切らしながら上った。ドアを開けると傍らに共同のキッチンがあり、隣に客室が3つ。 外観の古さとは対象的に中はきれいに改装されている。とても居心地の良さそうな部屋だ。他に客はおらずこの広々とした団地のワンフロアが僕のアラベルジでの基地になる。
テラスに出てみると町全体が渓谷の中にあることがよく分かる。遠くに精錬所の煙突が見える。煙は上がっていない。頭上には秋の青空が広がっている。それはどこか日本の田舎の風景のようにも思えた。


古い石造りの集合住宅が坂の途中に立ち並ぶ景色はやはり哀愁が漂っている。反対に生活感は満載だ。
町の全景を見渡せるロープウェイがあるらしい。町とどこを結んでいるのかは知らない。
ところが、工場に隣接する駅に行ってみると扉が閉ざされている。観光用に作ったのはいいが、採算が取れなくなったのか? それにしては奇妙だ。ゴンドラはまるで時間が止まったかのように町の上空で宙吊りになったまま。工場もまた稼働している様子がない。


静まり返った工場の周りを歩いてみた。裏山に緑が少ないのはおそらく煙突の煙のせいだろう。その禿山が今、澄んだ秋の空気を貫く夕日に染まっていた。「工場萌え」という言葉がある。 きらびやかなライトに彩られた近代的なコンビナートが片方の端だとすれば、他方の端はこういう錆びた鉄と石でできた渋い工場なんだろうな。きっとこっちに惹かれる人もたくさんいるはず。
しかし、この工場は一体どうなってしまったのか?町の人に聞いてみた。「無期限の休業中」なのだそうだ。